フリースタイル心臓手術の麻酔①人工心肺使用編
コロナウイルスがらみの投稿ばかりしている気持ちが萎えてくるため麻酔の話でも書こうかと思います。
心臓手術の麻酔といっても大血管の場合もありますから厳密には心臓血管外科手術の麻酔ですね。
フリーランススタイルにしようかと思いましたが、なんだか言いにくいし別に麻酔法なんて自由ですからフリースタイルとしました。
結論から言います。心臓麻酔の海は自由です。好きに泳げばいいんです。ただ、効率を考えるとこういった泳ぎ方もありますよということを知っておくのは損ではないでしょう。
細かい原理などについては当ブログは一切触れません。あくまで現場スタイルの紹介です。気になる方は成書を必ず確認してください。また、初級者をイメージして書いていますのでそれ以外の方は読むだけ時間の無駄ですのでやめておいてください。
心臓血管外科手術の麻酔は大きく分けると人工心肺を使用するもの、使用しないものの2パターンがあります。
今回は人工心肺使用編です。
【準備】
①マックグラス 男:4 女:3。ビデオ喉頭鏡はあるなら使ってしまいましょう。マッキントッシュで気合で挿管しても安定するのは自分のプライドだけです。挿管刺激を減らしバイタルを安定させることが大事です。挿管チューブは男性8㎜、女性7㎜が基本です。
②経食道心エコー。なくてもできますが禁忌症例以外でTEEなしで心臓麻酔はやったことがありません。ワイヤー、カテーテル、エア抜きなどに役立ちますので用意しましょう。プローブカバーの中にもゼリー、挿入前にもゼリーをつけましょう。
③Aライン。穿刺は慣れたデバイスを使えばいいですが、個人的にはインサイトA20Gの37㎜をお勧めします。インサイトAには30㎜と37㎜がありますがエコーガイドの穿刺を考えると37㎜がいいでしょう。最悪、上腕動脈など深い部位にも使えます。20GのAラインは22Gより信頼感あります。正しい穿刺方法についてはBDのサイトにある動画を参照してください。
④スワンガンツカテーテル。経験が浅い人ほど入れるべきです。導入にひと手間増えますが得られる客観的情報量が多いので術中管理に迷いが減ります。リスクが低い症例だとフロートラックとScVO2で代用することもあります。
⑤BISモニター。付けなくてもできますが、自信をもって鎮静薬、特にプロポフォールを減らせることが多いです。
⑥rSO2モニター。脳分離をしなくてもつけといたほうがいいです。心拍出量がありつつ人工心肺を回したりする状況やPCPSなどを使用する際に左右差が出たりするとフローと心拍出量のバランスを見る指標になります。
⑦穿刺用エコー。経食道心エコー装置でプローブを変えてもいいですが、別に一台、穿刺用エコーがあった方が楽です。
【準備薬剤】賛否両論ありますのであくまでご参考に。
ミダゾラム1A+生食8mL(1mg/mL)
フェンタニル10mL
レミフェンタニル5㎎+生食50mL
ロクロニウム原液で10mL
エフェドリン1A+生食9mL(4mg/mL)
ネオシネジン1A+生食9mL(0.1mg/mL)
ヘパリン0.3mL/kg (体重50㎏なら15mL )※外科医と確認した方がいいです。
トラネキサム酸2000㎎
塩化カルシウム20mL
※プロタミンはヘパリン使用量と等量もしくは2/3程度。ポンプ降りるときに準備。施設によってプロタミン量は少し違うことが多いのでその基準に合わせてください。
イノバン(ドパミン) or ドブポン(ドブタミン)(基本は0.3%シリンジ。薬の選択と組成は慣れたものでOK)
ノルアドレナリン3A or 5Aを生食でトータル50mL に調整。慣れた組成でOK。
※冠動脈に問題あるようなケース、AS患者などではニコランジル48㎎を生食48mLに溶かして持続静注用意。
こんなもんです。ハンプ、オノアクト、ミオコール、ニカルジピン、ミルリーラなどはルーチンで用意はしませんが、患者個別の合併症なども考慮して適宜追加してください。導入に最初からTCIなどでプロポフォールを使用してもかまいませんがワンショットの方が手数が減りますのでミダゾラムを使用しています。
【麻酔導入】
モニターなどは通常通り。
①Vライン挿入。入室時にVラインが入っていなければ1%キシロカインで局麻をして18Gもしくは16GでVラインキープするのが理想ですが、パッと見て難しければ20Gでも22Gでも構いません。CV、ガンツを入れるならさっさと末梢Vラインは留置した方がいいです。
②Aライン挿入。前投薬をされていない場合はフェンタニル1mL静注し1%キシロカインで局麻をしてAライン挿入。エコーガイドを推奨します。理由はやや中枢側の橈骨動脈に挿入したいのと局麻をすると拍動を触れにくくなるためです。その他にもシーネが不要になるなどメリットが多いです。
エコーガイドでのAライン挿入法は短軸法でおこないます。原理を解説してくれている動画と実際の動画を紹介します。どちらもyoutubeで見ることができます。腎臓内科のドクターが作ってくれた動画のようですが非常に有用です。この方法に習熟するとミッドラインカテーテルも普及するかもしれません。
③導入薬投与。フェンタニル1mL ~3mL静注。幅がありますが体形、年齢、心機能を考慮して決めてます。Aライン挿入時に1mL使用していますので実際は2mL~4mLとなります。
※レミフェンタニルを使うのでフェンタはなし、もしくはフェンタニルを10mLくらい静注したりと施設や麻酔科医によっていろいろなパターンを見てきました。結果としてどれも問題なく麻酔導入されていましたので記載してある導入量はあくまで私の場合です。
ミダゾラム0.06~0.1㎎/kg静注。体重50㎏だと3mg~5㎎静注となります。
ロクロニウム1㎎/kg静注。
レミフェンタニル0.3γ。挿管前のバイタルを見て余裕があれば0.5mLボーラス投与。大血管などで血圧上昇を極力避けたい場合は1mL程度ボーラスすることもあり。
④気管挿管。マックグラスを使用しさっさと挿管。
⑤CVカテーテル、スワンガンツカテーテル挿入。右内頚静脈からCV、SGカテをエコーガイドで挿入。エコーガイド穿刺の動画を紹介します。理にかなった穿刺法でこれをマスターすると肥満患者だろうとAとVが重なっていようと自信をもって穿刺できます。大腿静脈、鎖骨下静脈穿刺にも応用がききます。多くの麻酔科医の穿刺を見てきましたがこれを実践している人はほとんどいません。
スワンガンツカテーテルを進めていく際ですがゆっくり入れていく人と心拍に合わせて少し早めに数センチ単位で進めていく人がいます。どちらが正解ということはないですがどちらかの方法で入らないときは逆の方法を試してみることも大事です。入りにくい時の対処法ですが
⑴一度カテーテルを引き抜いてヘパ生をフラッシュする。カテーテルの硬さが少し戻ります。
⑵体位を変える。右ダウン、ヘッドアップにしてみる。
⑶経食道心エコーでガイド。右房から右室に入りにくいケースでエコーで見るとカテーテルがたわんでいることがあります。そのような際にカテーテルを180度ひねるとスポンと入ることがあります。ドレープの上からの操作を一人でするのはちょっと大変です。。
⑷収縮期に合わせて一気に肺動脈まで入れる。右室から肺動脈に入りにくい場合限定です。お勧めしませんが有効である場合も正直あります。不整脈や損傷のリスクも上がりますので自己責任でお願いします。まかり間違ってもウェッジするくらいまで一気に進めないで下さい。
※右房はカテーテルが透けて見えるような患者もいますので心室に入るまでは可能な限り丁寧な操作をすべきだと思います。
⑸開胸後に再トライ。何度かやって入らない場合はしつこくトライしてもほとんど入りません。経験上、そのような場合でも胸骨正中切開後にトライすると意外と留置可能なことが多いのでダメもとで一度試してみましょう。術中に行う場合は外科医に一声かけておいた方が無難です。
⑹あきらめる。何度かトライして留置できない場合は外科医に説明し上大静脈あたりにカテーテルを引き戻して仮固定します。入らないときはありますし、スワンガンツはなくても手術はできます。術式によっては術野で外科医に誘導してもらうこともできます。
⑥経食道心エコー挿入。CVライン挿入前に入れる人と挿入後に入れる人がいます。
【術中の麻酔薬】
①フェンタニルはトータル10mL~20mL程度の範囲で使用しています。術式、術中経過、抜管をいつするかなどで使用量は変わります。イメージとしては導入時2~4mL、執刀時2~4mL、帰室前2~4mLくらいで事足りることが多いですが、術後に持続フェンタニルを使用する場合は少なくてもかまいませんし、使用しないならもっとたくさん使用してかまいません。
②フェンタニルを上記の量程度使用するならレミフェンタニルは0.2~0.3γ程度で十分です。
③鎮静はプロポフォール、吸入麻酔薬、どちらでも構いませんがBIS値を見ながら量を調節してください。プロポフォール(1%)は10~30mL/hrくらいで十分なことが多いです。プロポフォールは2%製剤もあるので気を付けてください。
④筋弛緩薬は適宜ショットでも構いませんし持続静注でも構いません。
⑤カテコラミン
(人工心肺前)イノバンorドブポン1γ~、ノルアドレナリン0.01γ~で投与開始。ポンプオフの際にすぐ効果が出るようにバイタル的に必要ないと思っても低用量で開始しておきます。心拍出量、肺動脈圧などを見ながら適宜調節してください。
(人工心肺中)カテコラミンは使用しません。
(人工心肺離脱時)開始のタイミングはいろいろありますが私は大動脈デクランプ後です。ポンプオフの際には手術が問題なく心筋保護が十分できていればイノバンorドブポン2~3γのみで離脱できることがほとんどです。個人的には8割以上の症例でノルアドレナリンは不要だと感じています。心臓の動きがよく、スワンガンツで心拍出量が十分であるにも関わらず血圧低下がある場合は末梢血管抵抗を上げるためノルアドレナリンを使用してもいいでしょう。適切な循環血液量を保つということが大原則です。
【術中のモニタリング】
①経食道心エコー。
(術前~人工心肺前)基本的なビューをさらっと確認。評価は術前に行われているのでしつこく測定するのは意味がありません。壁運動、弁の逆流などについてはよく見おきましょう。その他、冠静脈洞が見やすいかどうかも逆行性心筋保護で重要なので見ておきましょう。下大静脈と肝静脈も脱血管挿入時に必要なので見ておきます。術野から各種ワイヤー、カテーテルが入りますのでそれぞれ確認できるように必要なビューを出す練習は必須です。詳しくは成書で確認してください。
※JB-POTのようなマニアックな知識は実際の臨床上は不要です。というより一人でやってるとそんなヒマありません。
(人工心肺中)心臓内のボリュームが少ないためあまり見えないことが多く役には立たないことが多いです。ヘパリン化した後にやたらと難しいビューを出そうとプローブをこねくり回すのも出血リスクがあるのでやめた方がいいです。見えないものは見えませんと伝えることも大事です。
(人工心肺離脱)壁運動、弁機能、残存エアーの評価が大事です。エアーはある程度心臓内にボリュームを戻すとどんどんわいてくることがあります。エアーは肺静脈や左室心尖部に溜まっていることが多いのでしっかり見ましょう。デクランプ後に心臓が動き始めたら多少呼吸させておきます。ときどき加圧するとエア抜きと同時に無気肺防止になります。あまり肺が動くと術者の邪魔になることがあるので、フルに呼吸させるのはポンプ離脱直前で十分だと思います。
②スワンガンツカテーテル
ちょっと極端な意見になりますが、術中に特に必要なパラメーターは心拍出量と肺動脈圧です。個人的には術中に混合静脈血酸素飽和度はなくてもいいかなと思ってます。古典的なフォレスター分類をベースにさらに雑な表現になりますが
⑴肺動脈圧↓、心拍出量↓の場合、輸液輸血を増やす。大半はこのパターンです。
⑵肺動脈圧↑、心拍出量↓の場合、
Ⓐ左室壁運動が明らかに不十分➡ドパミン、ドブタミン増量。ミルリノン0.1γ~も考慮。少し動かしているとだんだん良くなってくることが多いのでポンプオフを焦らない方がいいです。
Ⓑ左室壁運動はそれなりにある➡ミルリノン0.1~0.2γ使用し肺動脈圧を下げつつ輸液輸血負荷。
※人工心肺後にはTEEで見た感じ左室系にボリュームが足りないにも関わらず肺動脈圧だけ異常高値になることがあります。その場合はミルリノンを0.1~0.2γ使用すると非常に有効です。ニトログリセリンなどはあまり効く印象はないです。この場合はミルリノンを使用して肺動脈圧を下げても、それだけではアウトプットはあまり上がらないことが多いです。理由としては肺動脈圧が高すぎてビビッて十分なボリューム負荷ができていなかったため肺動脈圧が下がっても左心系にボリュームが足りていない可能性が挙げられます。そのため、肺血管抵抗を下げつつ少しずつボリュームも入れていくというのが実戦的な管理になります。ここで血圧だけ追い求めてノルアドレナリンに頼るとアウトプットはついてこないことが多いです。
Ⓒカテコラミン、ボリューム負荷などの対応をしても左室壁運動不十分➡体血圧を最優先して人工心肺離脱を考える。
※もとからの低心機能、心筋保護不十分、トラブルで心肺時間延長など様々な理由でアウトプットも出ず、血圧も不十分になることはあります。この場合はノルアドレナリン使用をためらう必要はなく状況によっては持続のアドレナリン、IABPなども術者と相談し使用せざるを得ない場合があります。それでも無理なら最終的にはPCPSとなってしまいます。PCPSを使用する場合はしっかりボリュームを入れてカテコラミンは減らしていくのが一般的なコツになります。
⑶肺動脈圧→~↓、心拍出量↑↑の場合、末梢血管抵抗低すぎてアウトプット出過ぎです。ボリュームを入れつつ血管拡張薬を使用しているなら減量しノルアドレナリン使用も考慮します。
【人工心肺離脱時の流れ】
大動脈デクランプからのおおまかな流れです。施設によって違うこともあります。
大動脈デクランプ➡カテコラミン開始➡心拍再開(場合によってはペーシング)➡部分体外循環で肺血流が再開➡呼吸開始(フルではなくてもいい)➡脱血絞って心臓内にボリューム戻す➡エア抜き➡肺動脈圧、アウトプット、壁運動、体血圧、酸素化が適正➡フル呼吸開始➡人工心肺のフローを下げていく➡3割、1L\min未満くらいまで下げて問題ないことを確認➡人工心肺停止➡ボリュームが足りないようならポンプから送血➡脱血管抜去➡送血管抜去
①輸血
人工心肺中から輸血の準備は進めておきます。FFPはCABG、単弁置換・形成くらいなら4~8単位、大血管であれば6~10単位くらいを基準に溶かしておきます。溶かし始めるタイミングは術者のスピードによるので何とも言えませんが、人工弁を縫いつけ始める、復温を始めるなどが一つの基準になりますが人工心肺離脱直後にはすぐ輸血できるようにしておきましょう。あまり早くFFPを溶かさないようにしてください。3時間経過すると使えません。RBCは必ず加温装置を通して輸血してください。Pltは全開投与が基本です。
②プロタミン
量は各施設の基準に準じて用意してください。静注だと手が離せなくなるうえに急速投与になりがちなので生食50~100mL程度のボトルにプロタミンとトラネキサム酸を2000㎎を混注して点滴静注します。トラネキサム酸は人工心肺前から使用する施設が多いかもしれません。
③利尿薬
がっちり輸血したいのでポンプ中の利尿が悪ければフロセミド10~20㎎静注します。利尿をかけつつ空いた血管内に輸血を入れていくイメージです。以前いた施設では「ラシックスは止血剤です」という名言を吐いた麻酔科医がおりました(笑)。効きすぎると輸液量が大変なことになるので気を付けてください。
④回収処理血
術者によっては戻したがらない人もいます。使っていいなら積極的に使用します。
⑤ペーシング
大動脈デクランプ後に自己心拍が不十分な場合はペーシングを開始します。心房ペーシングできればいいですが、不安定なことが多いので確実な心室ペーシングが無難でしょう。ペーシングしていると次第に自己心拍が再開してくることが多いので十分な自己心拍数がでたらペーシングはオフでいいです。ペーシングリードを埋め込む際に閾値をしっかり見る施設と標準的な設定で乗っていればあまり気にしない施設があります。MEがチェックする場合もありますが麻酔科医がチェックすることもありますのでペースメーカの知識は最低限必要です。
※人工心肺離脱時に自己心拍が徐脈の際にはアトロピン0.5㎎静注すると有効なことがありますが、アトロピンは調節性が悪いので効きすぎには注意してください。もともと頻脈性不整脈など持っているようですとちょっと使いにくいかもしれません。
⑥経食道心エコーで最終チェック
壁運動、弁や人工血管、オープンステントなどの位置確認をおこないます。胸腔内の血液貯留があれば術者に伝えて吸引してもらいます。
【手術終了後】
レミフェンタニル終了しフェンタニル2~4mL静注。バイタルなどにより適宜フェンタニル追加。ICUまでの鎮静はプロポフォール10~20mL/hで投与。術中のBISを参考にして投与量調整。
モニター整理しICU帰室への準備開始。経食道心エコー抜去し胃管挿入。
【最後に】
あくまで私個人のやり方であり、エビデンス的には微妙な部分もあるとは思います。ただ、フリーランスは基本的には一人で心臓血管外科麻酔も担当するので、できるだけ安全かつ確実な手技が要求されます。また、管理もできるだけ考えなくていいようにシンプルな薬剤使用を心がけています。
一応、目安ですがこの方法で一人で麻酔導入して1時間以内をまずは目指して下さい。45分程度で終わるようになれば十分です。30分で麻酔導入が終わるようならどこでもやっていけると思います。
※間違った記載などがないとは限りませんのであくまで自己責任で参考程度にしていただき成書にて必ず内容をご確認ください。